今また同じ風が吹く〜日吉蘇枋のための物語〜vol.1.5

「オレと付き合わない?」
 盛り上がっていた会場が波紋を投げかけたかのように、一瞬で静まり返った。新学部生の歓迎会。オレのことをよく知る友人達は「また始まった」といううんざりした顔をして、再び酒を飲み始めたが、センパイ方は面白い話題を得たとでも言うように口笛まで吹いてはやし立ててきた。
 二度と会うことはないだろうと思っていた女が、同じ医学部で、しかも同じ一年だと知ったオレは、なんとか自分のモノにしてやろうと密かに目論んでいた。この飲み会はいいチャンスだった。だけど、最初から彼女は社交辞令さえ通用しない雰囲気で…。
「……酔ってるんですか? あなた」
 日吉透子は、その周りのざわめきにたじろぎもせず聞いてきた。
「まさか。酔ってないって。本気本気。この前はほら、伝言役だけだったから。改めて、今夜ヒマ?」
「ヒマですよ」
「じゃあ決まり。オレと付き合って」
「イヤです」
 思い切ったアクセントの付け方だった。遠慮も何もあったもんじゃない。普通の女だったら、辞退の旨を伝えるにしてももっと控えめだ。これで不機嫌にならないヤツがいたら教えてほしい。
「何で? いいじゃん。つきあおうぜ。なんか不満?」
「ええ、とても」
 角が立っても全然構わないという、きっぱりした物言い。
「私、そういう風に自分を自慢する人は大嫌いです。この前も言いましたよね。だから、付き合いません。それじゃ、ちょっと席離れますね。私貴方のような人と同席するの嫌ですから」
 忌々しいとでも言いたげな目で透子は席を立ち、周りの目を気にせずに歩き始めた。凛とした背中。そんな言動したら、高飛車だとか、お嬢様だとか言われるの、分かっててやってるのかね?
「ちょっと待ってよ。そんなに怒らなくてもいいじゃん」
 オレも席を立ち、やたらと早足で立ち去ろうとしていた透子の腕を掴み…
“パシン”
 …そして、振り払われた。そのまま振り向きもせず、退場。
 古くからの友人達は笑いを堪えきれず肩を震わしている。普段女から振られることがないオレがあっけなく玉砕したのが、面白くて仕方ないのだろう。
 だけど、面白いと感じていたのは奴らだけじゃなかった。そう、自分も。振り払われた手を呆然と見ながら、だけどオレはこれ以上ない程興奮していた。
「ははは…あははははははっ!!」
 久々に、大声で笑った。
 サイコーだよ、あの女。わけが分からない。
「す…スオウ?」
 すでに顔見知りでよく話をする間柄になっていたセンパイが、心配そうにオレに声を掛けてきた。それでも興奮状態はなりをひそめなかった。多分酒の勢いというのにもあったのだろう。
「決めた!! 正太郎、オレはあの女を落とす!」
 オレのその宣言は、瞬く間に医学部中に広まった。