今また同じ風が吹く〜日吉蘇枋のための物語〜vol.7

 彼女の悲しい覚悟を知り、ただオレは一度だけ涙を零した。
 どこまでも杜撰で、だけど想像以上の人間くささで立てられた計画は、オレを走らせるに十分すぎる程の意味を持っていた。
『腫瘍が見つかったのは結構前のことなの。……多分、貴方とつきあいだしたのはその頃。私もね、病気のコト聞いたのは随分後だから、その時は何でわざわざ浮気者の節操ナシと? って思った。確かにその頃周りはみんな恋人が出来始めていたけど……だけど……』
 いつ、何時、別れ話になっても、後腐れのない相手。
 自分も相手も傷つかないように。
 たとえ万が一自分が死ぬようなことがあっても、飄々と生きているような相手であれば。
 それならば…と。彼女が選んだのが、オレだった。
 興味本位と、自暴自棄が入り交じった交際の始まり。
 オレに対する同情半分、病気を忘却したい気持ち半分。
 くちびるから感じ取った覚悟の真実はそれだった。
『病気のこと忘れようと色々他のことしようとしてたの知ってるの。多分男と付き合うって項目もその一つ。でも普通の男と付き合ったら、きっと重荷で駄目になると思ったんじゃないかな…。透子心配とか同情されるの、嫌いだから。だから、徹底的に病気を隠したままでいれる人じゃないといけなかった…』
 知らなかった。今の今まで。
 心配なんて、したことはなかった。寧ろ、いい加減な生き方をしている自分を心配されたくらいだ。
『検査入院したこともあったの。一週間。…それで、もう薬では無理だって判断されて。それで、手術することになった』
 抱いてくれないかと言った…あの時。透子の様子は、明らかに変だった。きっとその診断が下された直後だったのだろう。不安を隠す為か、オレに勘付かせないためか…いずれにせよ作戦は見事に成功だった。オレは理性を無視して、彼女を抱いたのだから。
 万が一、もしも、そればかりを考えていたんだろう。…一度だけでも…というつもりで透子はオレに体を開いたのかもしれない。後腐れのない、オレのような相手で。責任など感じないように、遊びに終わらせるように。
『手術は成功したし、結果も順調。両方の卵巣摘出じゃなかったから…妊娠だってできた』
 そこまで言って、笹部は「もう言っている意味分かるよね?」と話を断ち切った。
 中絶は少なからず生殖器に負担を掛ける。何度も中絶を繰り返した女性が妊娠を出来なくなった…という例は今までにもよく聞く。すでに投薬と手術といった苦行を強いられた彼女は、ひょっとすれば妊娠する可能性だって低かったかもしれない。
『もちろん、彼女の感情なんてほんとの所は分からないし、私の想像でしかないけどね』
 透子には自分が話たと言わないでほしいと釘を打った上で、笹部はオレの前から立ち去った。
 彼女はオレを利用した。
 ただ、その意味の重さに、ただオレは無性に悔しくて。
 気付けば透子の家に走っていた。