伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』

 待っていました、伊坂さんの新刊。「こういう奇跡があったっていいじゃないか」というのが私の中の伊坂作品のイメージ。今回の短編集も、すべてそれに当てはまります。有り得ないような、それでいて心が洗われるような奇跡は読んでいてほっとします。人生捨てたもんじゃないでしょう?と言われてる気がします。…別に世をはかなんでいるわけではありませんが。あと、全ての作品をリンクさせてしまおうとする姿勢が大好きです。世界は一続きで、誰がどう干渉しているか分からない。そーゆーのが人生ってもんです。ただ、悔しいかなピンとこないつながりもいくつか…。ああ、伊坂さん一気読みしてぇ。

 「動物園のエンジン」は、なんか不思議な感じがしましたが、切なくもありました。何が真実かなんて知りません。でも、ひとりぼっちの彼等が少しは救われる未来があればいいのに、と思えてなりません。オオカミ然り、です。

 「サクリファイス」は、黒澤さんが格好いい。「だから?」……人に無関心なこの素敵な泥棒は、時々探偵の真似事をするのですが、その答えをも「だから?」と言ってしまいそうな飄々とした雰囲気が好きです。でも、それ以上にこの話で書かれている村を護るために…という彼と彼(ネタばれになるので書かない)の姿にどきっとしました。サクリファイス…犠牲。それはおこもりをしている村人ではなく、彼等の関係をも表す言葉だったんでしょう。

 「フィッシュストーリー」はイチオシです。簡単な伏線なはずなのに、「ああ、そうか!!」とびっくりしました。ラストのバンドの話、かなり好きです。最後か、最後だな、という彼等の思いが至る所から伝わってくるのです。「誰かに届いているのか?」という思い。これは表現者としては捨て置けない文言ではあります。ほんの一人の人の人生でも動かせたら…それはとっても素晴らしいことだと思います。これは、読み終わってからまた最初に戻るべき話ですよ。「僕の孤独が魚だったら」…この文章も素敵です。原本を読んでみたいと思います。

 「ポテチ」は、短篇ならではの妙味を持った作品です。二軍ではあるけれど高校時代は世間を賑わわせた野球選手と、しがない空き巣の彼。そんな人生交わるはずがないのに、それでも最初から交わっていて……。今村さんの優しさがじんわりします。母親のために、「自分なんかが子供で」と思い悩む姿に、この人は本当に悪党なのだろうかと思ったりもします。大西さんを助けた場面もね。優しさに溢れているし。だから母親も、「間違ってもらってかえって良かったかも」と言うに違いないのです。最後の場面は、そんな彼の優しさが報われた瞬間なような気がして、少し泣けました。

フィッシュストーリー

フィッシュストーリー