あやぶみ

 今日の夕飯時の会話。父は休みの前日にはO市の家の方に泊まります。で、不在の理由をいちいち祖母に説明するのですが、今日は事件がありました。



 母「今日は、お父さんO市の家に行かはったから」

祖母「そうか。お父さん向こうの家に行かはったんやな。

   それで……おじいさんは?



 おじいちゃんは、24年前に死んでますが?!



思わず、母と顔を見合わせてしまいました。お互い韻を踏むかのように「おじいちゃんはあの世にいかはったから」と言いだしそうになったのですが、下手な言い方をしたら混乱を招くかと思い、しばらく無言になってしまいました。こういう会話で頭ごなしに否定すると、「そんなことあるかいな」とか、さも私達が間違っているかのように語り出す(怒り出す)恐れもなきにしもあらずなのです。一瞬の目配せで母も私も「キター!!」みたいな雰囲気になりました。母が上手い具合に言ってくれたので、今回は「そうか、わて呆けてんにゃなぁ…」で終わりましたが、今後こういった会話も多発するでしょう。ああああああああああああ…(心の叫び)。自分のことを分かってくれなくなる日もそう遠くないでしょう。その後、母と悶々とまたその「遠くない未来」について語り合ってしまいました。「やっぱり徘徊とかも始まるかなぁ? 足悪いとは言え、歩けへんわけじゃないし、行動する時は凄い早いもんなぁ」とか「おとうさんがおじいちゃんになることもあるかなぁ」とか……。私はわりと言霊信仰なので、口に出すと本当になるような気がして、「言わないで!!聞かせないで!!」と途中で止めましたが、結構考えてしまいます。



 そういえば、この間、街中でトロンボーン担いだ茶髪青年とすれ違いました。同じCCシャイニーのケースで、真っ白でした。白も可愛いなぁ。でもあのメタル調のケースはちょっと苦手です。キャストコートみたいで。私も楽器を担いでいたのでお互いにガン見してしまいましたよ。時間帯も時間帯だったので、「何でこんな時間にこんな所でチャリでボーンやねん」と…きっと向こうも同じことを思ったでしょう。でも、そのケース、逆に担いでも大丈夫なんだ!! ということを知りました。リュック型にしようとするとどうしてもベルの部分が上に来る持ち方しかできないと思っていたのですが…そうか、無理したら逆でも持てるか。私がやると、きっと常に膝かっくんされてる状態になるけどな。