怪奇譚シリーズEX「太陽の眠る時3」

 数日間の無断欠席を終えたヤクザの六代目は、屋上にこれでもかというくらいに降り注ぐ日の光に目を眇めながらこちらにやって来た。ああ、そうやって目を忌々しそうに細めてでもいたら少しはサマになるのに。

「インフルエンザ…なんて可愛いもので休んだわけじゃないよね。でも彼女は真面目に学校に来てたから一緒に旅行ってわけでもないよね。それとも他の彼女でも出来た? …君に限ってそんなことはないか。じゃあ警察で取り調べでも受けてた? それとも、他の組の人間に誘拐拉致監禁とか?」

「………」

「『うっさい黙れ』『久々に会って早々なんやねん』『お前、ほんまにそんなことしか言えんのか』……とか、いつものセリフはどうした? え、まさか図星だったとか?」

 大介は、深々と溜息をついた。でも残念ながら僕にはどれが本当に起こったことなのか、判断ができない。その答えを待っていると…

「オレ、力ないなぁ思て」

 思わず、飲んでいた紙パックのカフェオレを吹き出した。僕としたことが、とんだ醜態だ。神妙な顔つきで、いきなり自分の無力さを吐露? どんなコントだい、これは。

「何だよ、今さら。改めて言うようなことかい? だいたい、僕相手に、そんな弱音なんて吐いていいの?」

「ボロカス言われたいわけちゃうけど、客観的な意見を聞きたいのは確かや」

「あっは!! 客観的!! 君の口からそんな言葉を聞けるとは思わなかったよ。で、何? 見合いでもさせられて、別の彼女ができた? あ、ゴメン。彼女じゃないか。元彼女…でもない? 元、彼女候補?」

「それは置いとけ。っちゅーか、見合いも彼女もおらん。あっとんのは、最初と最後のや」

 最初と最後?

 僕は自分の言った言葉を反芻し、「ありえないねぇ、相変わらず」と呟くハメになった。インフルエンザにかかって、別のヤクザに誘拐させられていたというのだ(順序は逆かもしれないが)。

「で、力がないという感想を導き出すような出来事があったってわけか。………大介、君さぁ、恋敵に“また”助けてもらった…とか言うんじゃないだろうね? 高熱で倒れた所で拾ってもらったとか」

「そっちはちがう」

「そっちはって……じゃあ何さ、誘拐事件の方に関与してんの? え……ひょっとして捕まってるとことか助け出したワケ? うっわぁ凄いなぁ。スーパー外科医。ヤクザも怖くないんだ」

 医者というのは変人が多いと知っているけど、さすがに規格外だ。どうせ単身、大介を助ける為だけに相手方の組に乗り込んだとかいうに違いない。大介の親父さんに頼まれて…とかじゃなくて、きっと大介が心配だから、だ。

「君、相当恋敵に好かれてるよね。可哀想に」

「同情すんな。お前に情けかけられたら、これ以上ないくらいヘコむ。だいたい、誘拐されて大丈夫やったか、とか聞くことあるやろう」

「ああ、大丈夫だったからここにいるんだよね。で、大丈夫だったのはその恋敵のおかげで……ええっと、彼に対する彼女の株も、お家の人達の株も急上昇……」

「面白そうに言うな!!」

「面白いんだから仕方ない。あのさ、大介。何か勘違いしてるようだから言うけど、僕に友達らしい意見を求めるのは間違ってるよ」

 だいたい、友達になった覚えなんかない。せいぜいここで顔をつきあわせて煙草をふかすだけの仲だ。最近よく喋るのは、その恋敵の出現があまりにも現実離れしているせいだからだ。あとは…多少物騒なクラスメイト。その程度の認識でしかない。

「そやから、一般論を聞きたい。オレはあいつに勝つ術はあるか?」

 ウザい質問だな、と僕は思った。恋愛相談なんてガラじゃないし。だいたい規格外な二人を常識に当てはめて考えるなんて馬鹿みたいだ。ただ、次に大介が呟いたコトバに、僕は多少なりとも反応してしまった。「いつまで経っても追いつけへん」と……。

「大介、おまえさ、ヤクザの6代目だかなんだか知らないけど、こんな所に来てるくらいだから、大人から見たら君なんてただの高校生だよ。『力無い』って、当たり前じゃないか。隠れてこそこそ煙草吸うくらいしかできやしない。車の免許だって持ってない。選挙権だってなけりゃ税金だって納めてない。誰かの庇護下に置かれてるただのガキだ。追いつけないって、そりゃ当然だよ。相手は僕等より20年近く長く生きてんだ。比べてどうする。追いつけない。それは決まり切ったことだ」

「それやったら、諦めろて言うんか」

「その台詞は何かしらの努力してから言うんだね。ま、その恋敵だって高校生の頃はそんな力なんてないに決まってるとは思うけど。ヤクザ相手に喧嘩ふっかけたとか、拳銃ぶっ放したとかいう物騒な世界には生きてないだろ? ああ、でもひとつだけ……揚げ足を取るようだけど、その年齢差がいつか逆の意味を持つ時が来るよ。前に君、自分の魅力は何かって聞いたら「若いこと」だって苦し紛れに言ったよね。そう、若いことだ。それじゃあと二十年もしたら、相手はいくつだい? 対等どころか、こっちに有利な勝負ができると思わないか?」

 まるで自分に言い聞かせるような台詞になってしまった。いけない。軌道修正しておかないと…。まぁ大介は馬鹿だから、気付くはずはないけれど。僕が追いつきたくても追いつけない人間を前に格闘してる、なんてこと。

「えらい長い勝負せなあかんのやな……」

 でも君の場合は、彼女が妊娠でもしたらジ・エンドだけどね。……落胆している大介は鬱陶しいので今日はそんな締めくくりはしないでおいた。