日明恩『鎮火報』

 前作『それでも、警察は微笑う』から一転、今度はやる気のない消防士が主役。よって、地の文体も軽いし、弾けてます。前回は勿論、武本さんの四角い感じが出ていて素敵でしたが、これもまた、雄大さんのだるい感じが随所に出ていて好ましかったです。

 消防士になったのは売り言葉に買い言葉で、早く内勤になりたいと思っていながら……消防バカで、そのせいで死んだと言っても過言じゃない父親に苛立ちながら……それでも「仕事だから仕方ない」といって立ち向かう様は最初から、かなり感心でした。そうやって割り切ってる人だって、実際いるでしょうから。別にそれをとやかく言いません。綺麗事だけでやれるような仕事だとも思えませんし。だからこそ雄大は父親と、仁藤の消防バカっぷりが信じられなかったのでしょう。信じたくなかった、のかもしれません。

 私は常々「誰かのためにいる自分・誰かのおかげでいる自分・誰かのせいでいる自分」というのをテーマに書きたがっていますが、この小説はこの三つが絶妙にからみあっているわけです。入国管理官…「いい人」小坂との関わりで、そして不審な出火の原因を突き詰めてゆく過程で、雄大が知ってしまった事実。そして、過去。地の文では決して現れませんが、雄大が少しずつ消防士としての自覚が生まれているのが、読者には伝わってくるのです。それがくすぐったくも、嬉しい。周りと同じように微笑んで見てしまいます。

 そして最後のあたりは涙ナシには読めませんでした。小坂さんのことも勿論ですが、裕二君の過去も、それから仁藤に「願ってやる」と言った所も……怒濤のごとく泣き所が訪れます。ラストは雄大が辞めると決めてからの、出動。心優しい家族達に、ただひたすら涙が零れました。特にオヤジさんの言葉がねー。トップとしてあるべきは、やっぱりそういう心意気なんだと。責任というのは立場とか義務とかじゃなくて、信頼で生まれるものなのだと。強く胸に刻み込まれました。

 さて、引きこもり中年の守ですが……久々に好きなキャラです。ヤバイです。銀髪黒服王子。乙女のように純真でセンシティブな中年(笑) でも結構物騒。物事の精通度合いが半端じゃない。知りたがりで死にたがり。おお、なんか語呂がいい。「あの人」のことを思って、「あの人」が死ぬ時は自分も一緒に…と考えている、乙女。そして、できれば誰にも迷惑にならないカタチで。水母のように、消えてなくなりたい…と。儚く切ない想いを抱える中年。好きすぎる。これは、雄大じゃないけど、生きろ…とか言ってやりたくなる。死ぬのは自由かもしれないけど、でも死んで欲しくない。うんん、きっと、生きるだろうね。で、「あの人」って、誰だろう。明かされないでしょうが、ちょっとヨコシマな考えが走ります。



 最後に一言。貴方は他人の過去を背負ってあげれますか? 自分の過去を一緒に背負ってくれる人はいますか? いたら、それはとても素敵なことだし、いなくても、どこかで貴方が生きていることを願っている人がいれば、十分にこの世の中、捨てたもんじゃないと思います。

鎮火報Fire’s Out

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