怪奇譚シリーズEX「月の醒める時6」

 これは、彼に年若い彼女ができる少し前の話だ。
 
 彼は写真に写るのが苦手な様子だった。
 誰も気にしていないだろうが、私は知っていた。彼は記念写真を撮ろうとすると、いつもいない。いる時はカメラマンに徹していた。もちろん、そんなこと知りたくて知ったわけではない。私の親友(自称)が、彼の写真を探しまくっていた時期があったから、少し目についたのだ。よくよく見てみると、それは不思議なことだった。化粧や身なりを気にするご婦人なら少しは理解できるが、いい年した大人の男性がカメラを嫌がるという心境が分かりかねた。しかも、それは計算尽くめの嫌がり方のように感じる。かたくなに嫌がるなら理由も聞けるが、ごくごく自然に避けている。誰にもつっこまれないように、気にされないように、自然に。
 確認のため詰め所に保存されているアルバムを紐解いても、彼が写っているのは数枚だった。
 ちょうど検診を終えて戻ってきた彼と目が合ってしまったので、私は思いきって聞いてみた。
「先生は、写真を撮られるのが嫌いなんですか? カメラ向けられるのが苦手とか?」
「いいえ?」
「少ないですよね、先生の写真」
「…昔ね、学校のアイドルだったんです。で、もういろんな所から撮られまくって、トラウマ…………とか言っても信じませんか」
 自分で笑い出したらアウトだろう。こんな冗談を言うキャラじゃないけど、まぁ大層な理由があるわけではないと私は踏んだ。
「知り合いが…先生の高校時代の写真持ってて見せてもらったんですけどね」
 親友の交友範囲は広い。ただ、モト彼の友達の友達…というまったくの他人から写真を平気で貰うという神経は信じられない。「ないから余計に欲しくなったの」という言い分が怖かったが、まぁそんなことはこの医師には関係ないことだ。
「卒業アルバム?」
「…に、あまり載ってなかったから、入学式の時の集合写真を」
 つまり、20年ほど前の彼の姿ということになる。
 その頃から徹底して写真に写らないようにしているのは何故なのか、それだけは純粋な興味だった。
「言われるまでどれが先生か分からなかったです。ひょっとして高校デビューってやつですか?」
 あはは、と彼は笑ってみせた。笑ってみせたが、全然面白くなさそうな笑い声だった。そして、肯定も否定もしなかった。
 そこに写っていたのは、冴えない一人の高校生。
 「春休みにちょっと冒険してみました」という感じに色の抜けた真ん中分けの髪は特にセットに時間を掛けた風でもなく、今の高校生のように眉をいじったりピアスを開けている様子もなく、制服を着崩すこともなく、律儀にカメラに少し笑顔を見せている。
 どこにでもいる、真面目な普通な高校生。
 多分、不良グループとかにいない。もてるグループにもいない。仲間は多いけど、同じような冴えない感じの子達とつるんで、女子とはあまり話さないし、記憶にもあまり残らない…そんなタイプの少年に見えた。
「趣味音楽鑑賞、特技ゲーム、帰宅部、バイトはファミレスかファストフード、平均点キープ…て感じに見えました」
「凄いな、FBIみたいだ」
 それがどうしてこんな医者になったんだろう。
 人当たりは悪くないのに、人を寄せ付けない。頭の回転が速くて計算高いのに、それを感じさせない。柔らかい笑顔が出来るのに、全部演技に見える。タフでどんなことにも動じないのに、わざと自分を追い詰めている。
 不思議としか言い様のない人間だった。もちろん医師としての腕は確かだし、患者からのウケも悪くはないし、何よりその整った顔立ちは看護師の間でも人気だし、悪い人間ではないのは分かっている。だけど、気にしてみると色々おかしい。
 あんな普通の高校生が、こんな風になると思えない。
「一言でまとめると、人生色々あるも…ということで」
 壁。
 人との間に、透明な壁を作っている。
 あんまりにも純粋な透明だから、そこに壁があることに気付かない人がいそうだ。だけど、その壁はひどく分厚い。下手に突進しようもんなら怪我をする。
 漠然とそう感じた。
「…写真を残すのが嫌…とかいうことですか?」
 清水医師は、それにふふっと少しだけ笑って私から目をそらした。
 やはり、肯定も否定もしなかった。