藤原伊織『ダナエ』

 久々の、藤原伊織さん。病状が心配ですが、とりあえず作品に没頭しました。やはり、私はこの人の書く不器用な男が好きです。上手に生きられない、どこかアウトローな男。それが、ふと現実に立ち入って、誰かのために思いきる。その姿にぐっとくるのです。

 表題作「ダナエ」はまさにそんな感じ。個展に出していた絵を傷つけられた画家宇佐美が、その犯人に近づきながら、自分の過去も反芻する…というまぁ伊織さんにはありがちなストーリー展開なのですが、ラストが良かった。宇佐美が出した決意が美しい。ネタバレになるので、犯人については書かないでおきますが、「この人は、そんなことで自分の今までがなくなってもいいと思えるんだ」と感慨深く感じた一文だったのです。ただ、短篇なんで盛り込みすぎてる感じはありましたが……。

 それから「まぼろしの虹」…なんだか、全容がはっきりしませんが、それでも切なくなりました。心に闇を持った人間は、温かいものに触れていたいということなんでしょうか? 何年か後に、必ず再開して欲しいと思ったのです。

 「水母」はかなり好きです。元同居人。元恋人。表の世界で活躍する彼女のために、落ちぶれた彼ができることは……。これぞ!!というオトコでした。酒漬け、ギャンブル好き、「いつまで経っても卒業できないのね」と彼女に言わしめた、そんな哀しくなるような不器用っぷりです。でも、「終わってしまった自分にできるのはこのくらいだ」とか思いながら、彼女に精一杯のプレゼントを贈るわけです。その秘めたる熱い思いに、ページを閉じた瞬間泣きかけました。電車の中でしたが。伊織さんのはわけもなく泣けるんだもんよー。もうここまできたら、条件反射パブロフの犬チックですがね……。

ダナエ

ダナエ