古野まほろ『天帝のはしたなき果実』

 最新のメフィスト賞作品。分厚い。でも、読みごたえはたっぷり。そして吹奏楽経験者(特に金管パート)にとっては結構感情移入しやすい作品だと思います。アンコンに出る様子が素晴らしいんだ。もちろんミステリだから、人も死ぬけど。でも、アンコンに向けてのストイックな練習模様と、先生とのやりとりと、メンバーとの思い出ってのは、かなり…そう、ノスタルジィ。勝手に自分と照らし合わせてみたりするのですよ。アンコンには出たことがないけれど、出ていたらなおのことちょっと気になる小説ではないでしょうか?

 私は音楽の神って、本当にいると思います。過去、何度かその後ろ姿を見た気がしますし。それは、技巧として素晴らしいものに舞い降りるとは限らなくて、文章中にも出てきていたその時の一番の「輝き」、それが重要な鍵なのだと思います。全員が持てるだけの力を発揮できて、心がひとつになっている瞬間に見えるモノに違い有りません。だから、まほちゃん達の演奏シーンは、ほんと、自分も舞台に…あるいは観客席にいるような感じがしました。ミステリとしては…そう、推理小説としては特別入れる必要のないシーンなのかもしれませんが、私はあの場面が秀逸だと思わざるを得ないわけです。だって、泣きかけたし。凄い音楽を聴いて泣くことはあっても、文章でそれを感じて泣くって、ちょっとただならぬことですよね。そして「音楽」も「文章」も捧げるものなのだ、なんて解釈をしたりして……。

 内容に移りましょう。とにかく、その饒舌っぷりがたまらなく嫌らしい。フランス語とロシア語と英語?のルビが多発して、とにかく読みにくい。でも、慣れるとちょっとクセになる。「めるし」って普通に日常生活で使いそうになってる自分がいたりしてね。ただ、これは嫌いな人は本を投げ出すだろうな、と思うので、デビュからこんなの使って大丈夫なのか…という気がしないでもないです。こびを売れとは言いませんがね。それから、『虚無〜』のような作り。確かに、ラストの謎解きの部分はひたすらにあの作品を踏襲していたと思うのですが、こちらもデビュからそんなことして大丈夫なのか…と。一発屋ではないと思いますが、とにかく大言壮語と有言実行みたいな感じがひしひしと伝わってきました。勢いは、確かにある。音楽同様、かなり熱い。願わくばそれが今後途絶えることがありませんように…という感じです。むかつく口上とか、やけにトリッキーな部分だけ強調されたところで、きっと読者はついていかないと思うので。

 あと、ラストはどうなのだろう……。謎解きまでは本当にわくわくしながら読めたのですが、最後はいきなりその加速がダウンしました。荒唐無稽はいいのですが、読者を放り投げた感じが否めません。あ、いや、どうせほったらかしにするなら、もっと彼岸な感じで良かったんだ。真犯人は…という追求よりも幻想小説チックにするなら徹底的にやっても…みたいな。青春小説チックにするなら、もっと甘酸っぱくても良かったんだ…みたいな。世界観を広げると、こういうことが起こるのですね。はふう!!←これも使いたくなる(笑)

 ま、ここまで書いて分かることと言うと、「感想が長いってことは、面白かったってことなのね」ということです。はい、荒削りなのも含めて、面白かったです。

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)