ところで、ごくごく真面目にこんな文章を書いてみたのですが、続きを読む気はありますか?
 
【一】
 鶴屋南北……その名を聞けば、市井の人間ならば知らぬ者はおりません。歌舞伎に興味のある方ならば、「滑稽劇の」「怪談の」と言うでしょう。立作者として、師匠はたいそうな名前を上げられたものです。
 けれども、師匠はどこまでも貪欲に歌舞伎を作っておいででした。ある時は研ぎ澄まされた集中力で極悪非道を描き、またある時は鬼気迫る表情で男女の情愛を描いておられました。
 刀のようだ、と私は思ったことがありました。
 師匠描かれる作品は、よく切れる、妖しく光る刀のようだ…と。
 その美しさは人を虜にし、その禍々しさは人を病ませる。そのくらいに影響力のある作品を描いておられたのです。
 それでいて、師匠は少しも傲り高ぶる所がございません。どこまでも道化を追求し、自分の仕事に対する真摯な態度でさえも、馬鹿のすることだという風にお笑いになるのです。
 素晴らしいお人なのでしょう。ただの凡人である私などから見たら、師匠は別世界の人間のような気すらします。魑魅魍魎に気に入られた、数多の妖怪に慕われた、そんなお人なのです。当然、世界の見え方など、常人とは違っておいでなのでしょう。
 人の恐れる闇は、師匠の前では意味を成さないのであります。
 ただそれは、幾重にも広がる絹のような感触で、甘美な音を奏でて師匠に近づくのでしょう。
 羨ましいと思ったことは幾度となくあります。戯作者として、そのような世界が見えるというのは、どれ程都合が好いか知れません。しかし、同時に私は師匠が恐ろしいと感じるのです。優しく、生真面目で、それでいて滑稽なあの人が見る闇が、怖く思えるのです。
 師匠は、その闇に、何をお思いなのでしょうか…?
 黒の深淵に、一体何を考えておいでなのでしょうか…?
 師匠は、昔の事はあまり話をして下さいません。ただ、年輩の者達の話によると、紺屋の出身で、大層辛い思いをしなさったとか。