「大川書店の日常シリーズ」(仮)

 さて、最後にこんな所ではありますが、予告連載。二月中…には開始予定。タイトルは「大川書店の日常シリーズ」(仮)。では、書き立てほやほやをちょびっと…原稿用紙三枚弱をドウゾ。こういう感じでやるかも〜ってだけなんで、まだどうなるか分かりません。コレではなくて、違う話を一番に持ってくる可能性もあります。三つくらいすでに書き出してあるんですけど……さてさて、どれにしようかな。

【1、ぽちっとな】

「……で、このスイッチを入れる」

 一通り説明されたバイト内容の締めくくりはソレだった。レジに入る前に行う仕事は、釣り銭補充やら、床の掃き掃除やら、意外に多い。しかし、最後のソレは茅弘の頭ではなかなか理解に苦しむものがあった。

 千秋に連れて来られたその先は、本棚の隅。彼女が指差すのは、本棚の中。一枚だけ背板が外された本棚の奥には、壁と、奇妙なスイッチがあった。どうやら、本棚はそのスイッチのために背板を外されたのだろう。だが、重なり合うように二つの本棚が直角に置かれているので、そのスイッチを入れるにも、腕を一本入れるのが精一杯という雰囲気だ。

 滅多に人が来ないような専門書がずらりと立ち並ぶ棚。埃さえ積もっていないものの、蛍光灯の光で微かに焼けている本があるのは事実だ。そんな中に、つまみを移動させるタイプの何の表記もないスイッチ。見るからに怪しい。人差し指一本で「ぱちん」と動かせるようなモノならば、どこかの電気だとか、空調なんかのスイッチだろうと想像がつくが……。ソレは明らかに何かが発動しそうな、仰々しいスイッチだった。

 しかし、千秋は「ぽちっとな」とふざけているのか真面目なのか分からない調子で、こともなげにそのスイッチを入れてみせた。半年この本屋でバイトしている彼女にとっては、もうこれは疑問でもなんでもないのだろう。

(でも、綺麗な人が「ぽちっとな」って……うーむ、この人は「今週のびっくりどっきりめかー」とかいう年齢なのか……大学生なのか?)

 茅弘が引き継ぎをしている、千秋という美人は不思議な雰囲気を醸し出している。とりあえずバイトに入って2日やそこらでは正体は暴けない感じだ。長い黒髪といい、スレンダーで長身な体型といい、ハスキーな声といい、あまり笑わない姿といい、ミステリアスとしか言い表しようがない。キレ長の瞳と通った鼻筋は「美人」を強調しているが、必要以上に喋らないせいか、非常に冷たいイメージもある。茅弘は彼女から仕事を教わるのが少し恐いな、と思っていた程だ。それなのに、いきなり「ぽちっとな」という発言。

(なんだ、なんなんだ、面白い人なのか?)

 とりあえず、自分より年齢が下ということはない。大学生以上が対象のバイトだから、少なくとも19歳以上。ただ、20歳と言われても、35歳と言われても違和感はない。

 だが、とりあえずは仕事の引き継ぎだ。茅弘はなんとか自分のツッコミを入れたい気分を押さえて千秋に尋ねた。

「ところでコレ、何のスイッチですか?」

「………」

 一瞬以上の間が空いた。千秋は茅弘を無表情なままじっと見下ろし、そして一言。

「………さあ?」

「……わ…わかんないんですか?」

「うん」

(分からないまま、ぽちっとな?)

 ますます、茅弘にはこの千秋という人間が分からなくなった。