『冬青』〜第一章〜

 彼女が来たのは、彼が死んでからちょうど一年が経った頃だった。西園寺、という名前に私はいまさらながらに緊張を覚えた。いずれ接触はあるだろうと思っていたが、こんなに早くとは考えていなかった。そして驚いたことに、その名を名乗っているのは女性だっだ。

 彼女は何食わぬ顔で、院長室の前で待っていた。黒服の男を二人引き連れて、だ。
 目の覚めるような美人だった。病院には似つかわしくないほどに、艶やかで、きつい眼差しの女性だ。
 その切れ長の瞳に愛おしさと、懐かしさを感じた。もっとも、彼の私に対する表情はこんなに硬く冷たくはなかったけれど。

「西園寺…理緒さん、でしたか?」
「ご存知でしたか?」
「ええ。貴女は穂積にとてもよく似ている」

 眇められた目に、彼女がそれをよく思っていないことが分かった。綺麗な顔でも、彼とのつながりを示すものは不必要だというのだろう。組を捨て、勝手に死んでいった六代目など、彼女らにとっては、恥でしかない。
「良かったらどうぞ。随分待たせていたようですし」
 私がそう言って、院長室へ招きいれようとすると、彼女は静かに首を振って断った。
「長居をする気はないのです。貴方に迷惑を掛ける気も」
 だからアポも取らなかったし、こうして夜中になるまで待っていたというのだ。酔狂なことをする、と少し笑いかけたが、その後にもっと笑える質問が待っていた。

「私が会いに来た理由は二つです。まず、私がこの世にいなかったかもしれない、その原因の男の顔を見るために。そしてもうひとつは質問を。…貴方が六代目の女だったというなら…どうして、後を追って死なないのですか?」