『冬青』〜第一章〜

「君は、私と穂積の間柄をホモセクシャルなものだと思っているようだが、それは間違いだ」
 いくら人気がないとはいえ、病院内で話す会話でないことくらい私にも分かっていた。しかし、はっきり言わないことには彼女は引き下がらないだろう。
「有り体に言ってしまえば、肉体関係など一度もなかった」
「証拠などないんですから、何とでも言えます。貴方は6代目とただならぬ関係にあり、そして私を葬ろうとした。感情的な理由で、6代目を女のモノにするのが許せなかった。6代目もその思いを受け止めていた。……そうとしか、私には考えられなかった」
 ああ、そうとしか見えないだろう。そうあれば、話は早かったのだ。
 6代目の女として、その位置づけを受け入れ……そして、穂積の思いを全て受け止めていさえすれば、きっと現実はもっと容易いものだっただろう。周りから咎められたり、非難されたり…その方がずっとずっと楽だったに違いない。だが、私は穂積に何も許しはしなかったのだ。いや、穂積も本当は何ひとつ求めはしなかったのだ。死ぬ瞬間に交わした約束以外は何も。
 私が黙っていると、「別に恨み言を言いたいわけじゃないんです」と彼女は言った。
「純粋な興味で来ただけですし。貴方の顔を拝見できただけで満足です」
 軽く会釈をすると、まるで影のように付き添っていた屈強そうな黒服の男二人に目配せして、彼女は私の前から立ち去ろうとした。長い髪は艶やかに、夜の漆黒に紛れる。
「……死ぬべきだったと思いますか?」
 彼女の後ろ姿に向けて、私は呟くように小さな声で投げかけた。
 すると彼女は首だけ振り返り、まるで蔑むような目で私を一瞥した。
「人が死ぬのは自由です。ヤクザが死ぬのも、大病院の院長が死ぬのも。…きっと、本当は誰にも了解なんて得なくてもいい」
 正論だった。
 だけど、私は臆病で卑怯で、そしてそれ以上に今も穂積を愛しているから…
 死ぬことなど出来ないのだ。

『ひとつだけ…約束してほしい…いや、俺の願望に過ぎないから、今うんと言ってくれさえすればいい…。澄生……俺と過ごした時間は、全部なかったことにしてくれ』

 なかったことを理由にできず、私は今も生きている。