怪奇譚シリーズEX「月の醒める時3」

 夜勤の日は、もうそれだけで疲れる。この病院では夜勤の次の日は休み、その次の日は昼から…というシフトが組まれているので、実質コレを乗り越えれば楽しい休日なのだが。それでも人が寝静まる夜中に働く…というのは私の中では楽しいことではない。親友の(…と彼女が広言して止まないだけで、私はそう思っていない)彼女は「わくわくしない? もちろん仕事はしんどいけどねー、オバケでも見ないかなー」なんてアホな発言をしていたが、私はそんなこと少しも思わない。
 そして、夜勤にもアタリハズレがある。
 めちゃくちゃに急患の多い日だとか、やたらめったらナースコールが鳴り響く日だとか、原因不明の停電が起こる日だとか……。いつもの忙しさの4割増しで、ナース達は駆け回るハメになる。医者や看護士なんてものは暇な方がいいに決まっている。
(あれ……?)
 そこで、私はふと思い至った。
 たまに「この人が当直の時は忙しい」だとか、雨女・雨男レベルの噂される人物はいる。「そしてこの人と一緒の日は嫌だ」なんてね。私もよく忙しい日に当たるから、そんなことを言われたことがある。だが、もっともっと頻繁に…目まぐるしい夜を何度も経験している医師がいるんではないか?
「…何か?」
 目の前で、悠然とコーヒーを啜りながら論文を読んでいるこの男だ。
「先生、先生の夜勤と当直の日って、かなり忙しいですよね。いつもいつも。そうだ。私よく先生と一緒の日になるからですよ。この前なんでしたっけ……6階の患者さんが幽霊がいるとかで大騒ぎして……その前も、ヤクザが来たし…」
「あれは日勤。もう夜勤の時間だったけどね。オレはその後すぐ帰りました」
「その前もありますよ。安定してたはずのICUの患者さん何人かが急に悪くなって…一人心停止でしょ……あ、いつだったかは季節はずれの台風で応援呼ぼうにも呼べない状況…ってありましたね。…先生って運ないですよね。いつもいつも夜忙しいって……せっかく翌日休みでも、疲れ果てちゃうじゃないですか」
 一瞬、彼は瞼をぴくりと動かした。
 まるで、図星だったーとでも言うように。
「まぁ、そういうこと」
(何…? わざと疲れてる…みたいな発言)
 でも彼自身が何か厄介事を持ち込むわけでもないのだから、忙しいのは単なる偶然…確立論でしかないはずだ。
睡眠薬代わりにしてたんです。わざと夜勤代わったりもして……懐かしいな」
(は……? 何言ってんだ、この人)
 私は、たまにこのドクターのことが気持ち悪くなる。
 頭も良いし、腕もいいし、顔だっていい。だけど、性格が……少し、変だ。
私の親友(?)は、彼のことを追いかけ回していたが、一体コレのどこがいいのか、私には皆目検討もつかない。自分のことをロリコンだと認めたり、ヤクザなんか怖くないと投げナイフ(メス)で応戦したり、とにかく変だ。彼女…らしきものがいるらしいけれど、その人は平気なんだろうか?
「でも大丈夫。最近はちょっと改めたから、今日もきっと暇ですよ」
 彼はそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
(ああ、そうか)
「明日デートですか? それじゃ忙しくない方がいいですよね」
「ええ」
 そうやって照れくさそうに笑うと高校生みたいだ、と私は柄にもないことを思った。