Side Breath1(56北)

 勢いに任せて…。
 一応続きは隠します。
【Side Breath1】
 先生は、自分の死を知った時でさえ、まるで他人事みたいに微笑んで、言ったのだ。
「美人薄命って言うしねー、ま、仕方ないよ」
 何の未練もないと。
 仕事辞めてどっかでバカンスしようかなー…とか、おいしいモノ食べに行かなきゃなー…とか、見てなかった映画借りて見まくっておかないとー…とか…
 明るく、話した。
 病院のロビーから駐車場までのわずかな距離。
 あまりにいつも通りの速度で、いつも通りの口調で、俺だけが異質な世界に紛れ込んだのかと疑う程に。先生は「普通」だった。
「嘘です。先生は、死なない」
「あは、ごろちゃん、お医者さんが嘘つくわけないじゃない。治らないんだって…今の医学じゃあね」
 俺は助手席のドアを開けると先生は「ありがと」と、普段通りに長い足を折りたたむように車に乗り込んだ。
「…それでも、嘘なんです。先生は、生きるんです……」
 いつまでもドアを閉めない俺に、先生は苦笑していた。
「なぁんで、ごろちゃんが泣くかなぁ…」
「……先生が泣かないからです」
「そっか。オレの代わりに泣いてくれてるわけね。……優しいな、ごろちゃんは」




 正直に言うと、現実には未練がなさ過ぎた。
 仕事はゲームみたいなもので、その場しのぎの暇つぶしにしかならなかった。
 金はありすぎても窮屈で、贅沢をしてもちっとも楽しくなんてなかった。
 寄ってくる女性は楽しそうだったけれど、決してこちらの心を晴らしてくれる人はいなかった。
 だから死を宣告された所で、オレはなんら迷うことも怯えることもなかった。

 それでも、オレが唯一失いたくないぬくもりは、こうしてオレのために泣くんだ。

 ああ、なんて気持ちがいいんだろう。
「ごろちゃん、オレが生きるためなら、何だってするって誓える?」
 ごろちゃんは涙をぬぐいながら頷いた。当然のことを何で口にしなきゃならないという、この無言がオレは好きだった。

『たたかえ』
 頭に響く、ひとつのシグナル。

「じゃあさ、ちょーっと、人殺しのバトルロワイアルに参加してみようかと思うから、見て見ぬフリしといてくれる?」

 大切な人が泣かないように。大事なモノを護るために。