怪奇譚シリーズEX「太陽の眠る時4」

 神妙な顔で、僕が一番来て欲しくない場所に来たクラスメイトに、僕はこれ以上ない程不快感を示したみせた。たまにはお仕置きが必要だ。
「帰れ。ここは恋愛相談所じゃない。歯科医院。歯を治す所だ。お前の頭までは面倒見切れないよ。はい、さようなら」
 くるりと彼の体を反転させて背を押した。この歯科の入り口が二階にあることが腹立たしい。そうでなければ、もう少し先まで背を押してやったのに。すると、彼は僕の力をするりと避けて振り返ってきた。
「お前ちゃう、お前の…その……恋人とやらに聞きたいことが…」
「………お前、僕の何? ただのクラスメイトだろ? 恋人を紹介した覚えはない!」
 彼女はどうやら勘づいたようだが、この鈍いクラスメイトには分かっていないだろう。ここの所有者が僕の恋人だなんて。いくらでもしらを切れる。
「じゃあお前の親代わりとかいう人でもええ」
 一瞬、間を空けてしまった。突拍子がなさすぎて理解の範疇を超えた。
「意味が分からない!! 友達でもない人間のそのまた知り合いに、何を言いたいことがあるんだお前は!! 気持ち悪いなぁ。何度も言うようだけど、君たちの恋愛事情なんて知らないよ。興味ないね」
「お前は医者には興味ある風やったやないか」
「はいはい、年若い彼女を持って、その上その元彼氏…じゃないや幼なじみまで結構気に入ってて、堅い職業のくせにヤクザも怖くなくて、どこで経験したか分からないようなアクションまで平然とこなして、常識どっかズレてる外科医ね。………感覚が規格外すぎるから、大人としての常識云々を関係ない第三者に聞きたくても無駄だよ。その医者の人としての成り立ちをまず知ってからの方が良くない? だいたいさぁ、そんな思い詰めた顔してたら、そいつに押し倒されて強姦でもされたのかと……」
 また妙な間。
 いやいや、そこはいつものようにすっぱり関西人独特の瞬殺みたいな間で否定してよ。
 僕は正直ドン引き。
「修、入り口で話してないで入ってもらったら? 子供が怖がって入ってこないと商売あがったりなんだけど?」
 げ……もう治療終わったのか。…というのが顔に出たのか、夏樹は聞いてもないのに「麻酔中」と答えてきた。おまけに「どうぞ、大輔くん」とまで奥を指し示す。…いつの間に名前を知ったんだ、こいつ。

 大輔は、熱烈歓迎してきた人なつこいジョンに戸惑いながらソファに座った。犬ごときにびくびくするヤクザもどうかと思うけど。
「で、私に聞きたい話って何?」
「聞かなくていいよ、住友センセ。痴話喧嘩のとばっちりを受けたとか、そういう話だろうから」
「ちゃう! さっきの会話だけで、お前の頭の中はどういう展開みせたんや!」
「些細な喧嘩。お前のことばかり心配する彼氏に彼女がキレて『私のことより、大輔のことが好きなんでしょー?!』。売り言葉に買い言葉。『信じてくれないわけか。じゃあ本当に俺が彼のもとに行っていいって思ってる?』……その外科医なら、冗談でも、彼女を試すためだけでも、彼女の前でお前を押し倒したりできそうだなー……て。それにまんまと利用されて、ひたすらに困惑するお前……以上」
「ちがうっ!!」
 力一杯否定された。ま、いいけどね。
 その時、「先生おねがいしまーす」と軽い口調で看護助手さんがノックしてきた。よし、薫子さん偉い。もうこれ以上夏樹に色々探られたくないんだ。というか、平穏無事に高校生活を終えたい。切実に。
 僕は普段見せない笑顔で「先生、患者さん待ってるって」と院長室からの退室を示した。面白くなさそうな顔しても知るものか。
「……じゃあ非常に不本意だけど、わざわざ僕の不評を買いに来た根性に免じて聞いてやる。5分以上かかったら追い出すからな。で、その外科医がどうした? 言いよどんだと言うことは、最後までヤったあげくに『彼女にこのことをバラされたくなかったら…』とか脅された? それなら警察に行けば……ああ、行けないか。それこそ、君の家の人に……なんて言えないか。厄介なプライド抱えてる若者は大変だね」
「だからっ、勝手に完結すんな!! 俺は何もされてないわ!! ちょっと…2人が話してんの聞いたんや」
「うっわ……立ち聞き? 趣味悪いよ」
「たまたま聞こえただけや。ええから、ちゃちゃ入れんと聞け! …睨むなや「聞いて下さい!」これでええか?」


「あいつな、ミサに向かって、『男でも女でも関係ない』って言ってたんや」


 途中でツッコミを入れたいのを我慢して聞いていくと、つまりその外科医は彼女に向かって、自分はバイだと告白するようなことを言ったというのだ。ただ、僕はその中の外科医の最後のセリフが気になった。
『女のミコトが好きだって言っても、お前は納得しないだろう? だけど、今も男のタカトウを好きだって言ったら、お前は嬉しいか?』
「………なーんか、ちょっとニュアンスが違うんじゃない? お前は外科医に「タカトウ」っていう男の過去の恋人?がいたみたいに捕まえてるみたいだけど……。それで大人に聞きたかったわけだろ? 浮気というか過去の恋人っていうのって、どの程度重いもんなのか…とか。でもよく考えてごらんよ。そんなにタカトウって名字はごろごろ転がってない。あ、かと言って彼女のお母さんでもないよね。男って言ってんだから。これが男とか女とか言ってなかったら、まぁ母親と関係していた男が娘とも……とかいうエロ小説になるんだけど」
「じゃあどう考えるんや」
「整理して論理的に考えなよ。まず、『男でも女でも関係ない』…外科医はバイセクシュアル。これは真としとこうか。彼女が泣いていたのは、間違いないだろうからコレも真。じゃ、なんで泣いてたのか。会話の節々から想像できるのは、外科医の浮気。しかも、男。ただ、最後の『男のタカトウ』というのが気になる。彼女に近しい人間だろう。でも、外科医の口ぶりだと、どちらかを好きだと言っても彼女が納得しないと分かっている。つまり、どちらも好きでいて当然だと彼女さえ分かっている。………あー……彼女って多重人格とか?」
「はぁっ?! なんで、そんな話になんねん?!」
「いや、だって。一番すんなり「ああそうか」って僕は思えたんだけど? 外科医はバイ。で、彼女は女の“ミコト”と男の“タカトウ”っていう少なくとも2種類の人格を内々に抱えている。“ミコト”がホストで、“タカトウ”はあまり出てこないから僕たちは知らない。だけど、外科医はそれを知っていて、彼も好きでいる。“ミコト”の方は、それを気付いて、外科医が“タカトウ”を好きだから自分が邪魔なんじゃないかと疑心暗鬼に駆られる。…………凄いな、お前、勝ち目ないよ」
「待て!! 結論早いわついてけん!」
「『男でも女でも関係ない』だよ? 彼女の全部をひっくるめて受け止めてんだよ? お前、そんな芸当できる? ていうか、その男の人格に好かれる自信ある?」
「いやいやいや、待てや。なんでもう決定してんねん。ミサにそんなんあるなんて知らんわ! 幼なじみや。俺の方がつきあい長いねん。そんな変なことなんてなかった!」
「………だから、勝ち目ないって言ってんだよ。まぁ多重人格云々は想像に過ぎないし違うかもしれないけどね? ホントだとしたらどうなる? 幼なじみにさえ姿を見せなかった“タカトウ”が唯一、心を開いた…みたいなことにならない? しかも、邪魔者扱いなんてしてないわけだ。彼女が心配するくらい、彼のことも好きでいるってことだろ?」
 言えば言うほど、これが真実な気がしてきた。
 彼女の内面とかはどうでもいいけど、外科医の懐の広さには感服する。もしもこの想像が間違いだとしても、だ。彼女に自分の性癖なり過去なりを打ち明ける際に、堂々としていられるんだから。犬にびびったり、ちょっとキャパ超えただけでクラスメイトに相談するような男なんか、そりゃライバルにさえならないだろう。
「ま、確かめたらいいだけのことだよ。彼女なり、その彼氏なりに」
 僕はそう言って、5分をとうに過ぎた時計を指さして帰ることを勧めた。
 治療中の夏樹には「やっぱり痴話喧嘩のとばっちりを受けただけみたいだよ」と言っておいた。