今また同じ風が吹く〜日吉蘇枋のための物語〜vol.4

 一週間彼女の顔を見なかった。
 連絡さえ付かず、無言の反抗かと勘違いをし、ならば自分も…と昔馴染みの女と寝た。彼女と付き合い始めてから、他の女に手を出さなかったと言えば嘘になる。ただ、自らアプローチを掛けて、浮気をしたのはこれが最初だった。
 そして、最後にもなった。
「よぉ、もう二度と現れないかと思ったぜ」
 丁度、昨夜の女と別れた所だった。去り際にキスをしたのも、ばっちり見えていただろう。なのに彼女は睨むでもなく、殴るでもなく、ただオレの胸に顔を埋めてきた。馬鹿らしい程に従順な女の素振りのように。ひたすら、彼女に似合わない行動だった。
「何? 嫉妬?」
 彼女は静かに首を振った。
「だよなぁ、一週間も音沙汰ナシで、威張れる立場じゃねーし」
「別に貴方が浮気をするのは構わないの」
 じゃあなぜ顔を見ない? 俯いたままでいる? 一週間の不在の理由を、彼氏に教えることはできないのか? 時々彼女はあり得ない程オレをいらつかせる。
「私なんかで満足できる人じゃないのは重々承知だし。……ただ…」
 彼女は言葉を濁した。
「ただ、何だよ?」
「別れましょう」
「はぁっ?! 意味不明だぞ、透子。お前頭良いんだから分かるように言え」
 浮気を責めるなら、責めるがいい。薄情で不真面目な自分を愚弄すればいい。そうした上での最終カードというならば、納得がいく。だけどこの段階ではルール違反だ。
 彼女はすがるように、そして同時に突き放すようにオレのジャケットを握ってきた。けれどオレの目には、震える手を止める為の手段のように見えた。
「実習で忙しくなったら、もっと会えないし、連絡も取れないわ。そんな状態が嫌だと言うなら、別れるしかないでしょう?」 
「い・や・だ」
 耳元ではっきりと宣言してやった。
「もっとマシな嘘つけって。他に好きな男ができたとか、まだそっちの方が効果的だと思わないのか?」
 オレを見上げる目に、みるみる間に涙が溜まってゆくのが分かった。今すぐにでも頬に零れ落ちそうな涙の粒は、夏の光をきわどく反射させていた。
 そしてオレの中の苛立ちは、最高潮を極める。
「……透子さぁ、何かしらの覚悟があって、その上での『つきあってもいい』宣言だったんだろう? オレは利用されてもいいって言ったよな? 分かってんなら巻き込めよ。オレは、お前が真剣にならないから、真剣になれないんだ。もうすぐ半年だぜ? いいかげんお前が抱えてる問題を打ち明けてもいいと思わないか?」
「見合いとか、そういうのじゃないの」
「すでに婚約してる、とか?」
 彼女は少しだけ笑って「違う」と言った。泣き笑いの表情が痛々しかった。
「今は言えない。でも、利用されてくれるというならね………私を抱いてくれませんか?」
 臆することもなく、彼女は言った。赤面してしまいそうなセリフを、日常会話のように。
 自分のことを好きでない女と寝るなんて、酔狂が過ぎる。そう思って断ろうとしたけれど…いつまでも離れない手が、助けを求めているような気がして。
 据え膳を食わないわけにはいかない…と、軽い男の感情を前面に置き、彼女の真実を知りたがる紳士的な自分を無視した。
 そうしてオレは、日吉透子という女を抱いた。
 それが彼女の気まぐれでも代償行為でもなく、本来の願いであることを知らずに。