『冬青』〜第一章〜

 私は真剣な彼女の質問に、思わず吹き出してしまった。彼女が真面目な顔つきで聞いてくるものだから、余計に我慢が出来なかった。
「何故笑うのですか?」
「いや、失礼……。そんな事を言われるとは思ってもみなかったので」
「けれど、貴方は私が来ることを前々から承知していたような素振りでしたね。私に言われることくらい、想像がついていたんじゃありませんか? あまりふざけないで頂きたいのですが」
 物怖じしない、強い口調。成程、7代目として西園寺組を背負って立つだけはある。
 けれど私には何の効果もない。そんな力に屈する理由も、怯える訳も、今は最早ない。
 そして私には彼女の凛とした態度が、どうしたって穂積のそれとかぶって見えて仕方ないのだから。
「いつか西園寺と名乗る人間が来るとは分かっていました。まぁ使い走り程度の人物だろうと踏んでいたので、少し意外だったんですけどね。…そして尋ねられるのはきっと、『6代目から何か預かっていないか』あるいは『6代目から何か聞いていないか』……最悪、人殺しだと脅される可能性も考えていました」
 けれど、まさか『なぜ後を追って死なないのか』とは。
 また笑いがこみ上げそうになった。穂積が聞いても、きっと笑っていただろう。
 そんな私の様子に少し腹を立てたのか、彼女は早口でまくし立ててきた。
「貴方は6代目の…西園寺穂積の女だったのでしょう? 組内では有名な話です。常識的に考えても、極道の世界に生きる人間が妻も持たずにいるのはおかしい。まったく世界の違う人間に惚れていたのだとしても、守る術くらいいくらでもある。むしろ、囲ってしまった方が安全です。けれど、6代目は余所に女さえ作らなかった。そして若頭や古株達が試行錯誤して作った子供さえも消そうとした。少し度が過ぎていると誰もが思うでしょう? ……私には、誰かに忠義を立てているとしか思えませんでした…。違う世界に生きて、囲うこともできない人間で…けれど、6代目を束縛することができた人に」
「それが私だと?」
「6代目の一番近くにいたのは、常に貴方だったと」
 あの組の人間にはそう思われてもおかしくはなかっただろう。そして、少し異様に見えていたはずだ。私が組員でもないのにあの場所にいられたのは、穂積の昔馴染みだというそれだけの理由だったのだから。法外で治療や診察を施したのも「病院を乗っ取ると脅されてるから仕方なく」と怯えたフリをしていたけれど、それが本当のことでないことは、全員が知っていただろう。
 虚無的に生きていた6代目が、唯一執着したのは、私だった。
 側にいてくれと懇願され、私はまるで過去の罪滅ぼしをするかのように、彼のもとに足を運んだのだ。
 だけど、
「だけど、私は穂積の女などではないよ」
 そうあれば、話は簡単だったろうに。